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zoom RSS 花の乙女ができるまで 8

<<   作成日時 : 2017/05/07 11:56  

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 アンバーと名乗っていた頃のあいつは、凍て付いた氷像のように、眉ひとつ動かさず的確にターゲットを始末していた。容赦のない刃は、けれど、相手を無駄に苦しませることをせず、瞬く間に屠った。時に殺しを楽しむ者が居る中で、それは慈悲深いとも言える程、正確無比だった。

 けれど、『ありがとう』と笑ったあいつの顔は――

「まるっきり子供の表情だったな」
 思考を言い当てられ、ぎくり、と肩先が跳ねた。
「ニコル…」
「気になっているんだろう?」
 かつて、敵対した事もある闇の組織の殺し屋。
 生き直す為に、俺を尋ねて来た。あいつが望む答えを見つけられたかどうかは判らない。ただ、酷く無防備な顔で笑って、礼を述べて帰っていった。
 その、あまりにも子供じみた表情が、俺の脳裏から離れない。
 もし、あれが俺の部下ならば、直ちに免職しているだろう。
「あいつは、おそらく」
 二度と人など殺せまい。
 殺し屋から足を洗おうとしているのだから、それは喜ぶべきことなのかもしれないが、あんな風に盲目的に心を預けてしまって大丈夫なのか。新たな主と求めた相手は、本当にそれに足る者なのか。
「騙されてないだろうな…」
 思わず口を吐いた俺の呟きに、ニコルがやれやれといった顔で肩を竦める。
「お人好しめ。あれは、おまえの部下ではないし、一歩間違えば、互いの心臓を狙っていた相手だろう」
「それは、そうなんだが」
 運良く睨み合いぐらいで、直接刃を交わしたことは無いもののアンバーの冷酷なまでに精密な始末の仕方は、今でもよく覚えている。
(出来れば、部下に欲しいと思ったからな)
 悪戯に苦しませず、音も無く、ほぼ一撃で相手を仕留める――あの男のやり方は、まさに『暗殺』だったから。
(闇に閃く刃とは、よく言ったもんだ)
 アンバーとは、琥珀ではなく、闇刃(あんば)を意味する。
 その名の通り、あの男は闇を纏い、死をもたらす刃そのものだった。それしか知らなかった殺し屋が、瞳を和らげて子供のように笑う。
「心配にもなるだろ」
「やれやれ」
 ニコルは、とうとう口に出して立ち上がった。
「いくぞ」
「ニコル?」
 胸ポケットから、小さなメモを取り出し、俺に突き付ける。
「オルフェア住宅街フラワーガーデン××××-×…?」
「アンバーの今の主の住まいだ。名前は、ヒューイット」
「調べたのか!?」
「私を何だと思っている? 次元も時間も飛び越える探偵だぞ?」
 それでも追跡は楽ではなかったがな、とニコルは笑った。
「気になって仕方ないんだろう? なら、その目で確かめてみればいい」
 アンバーを助けた、ヒューイットという青年がどんな相手なのか。信用できるのか、それとも。
「ニコル」
「何だ」
「ありがとう」
 礼を述べる俺に、ニコルは少し驚いて、すぐにニヤリと人を食ったような笑みを浮かべた。
「礼には及ばないさ。私も興味がある」
 凄腕の殺し屋を、ああも容易く心酔させたのは、どんな人物なのか。
「行こう」
「ああ」
 俺は、ニコルと共にオルフェア住宅街に向かった。
 ニコルが事前に集めた情報では、ヒューイットという青年に悪い評判は無いようだった。
「あちこちの事件も解決しているようだし、冒険者としての腕も悪くさそうだな」
「…紅茶を淹れるのが下手ってのは、何処情報だ…?」
「御近所の可愛いプクリポのお譲さんの証言だ」
 ゆるい坂道を上っていくと、美しくハウジングされたスモールタワーが見えてくる。
「美しいだろう。『彼』はなかなかの凝り性らしいな」
 青系で統一されたベースカラーに、装飾で刺し色を加えているその家は、持ち主を体現しているようだと俺は思った。
(ここも、あたたかい家だ)
 帰る者を拒まない、懐広い家。
「あんたが作る家に似ているな」
「そうか?」
「ああ」

「――どちら様?」

 不意に、声を掛けられて硬直する。俺だけでなく、ニコルも珍しく驚いている。
(いつから、そこに居た!?)
 庭先で畑の手入れをしていたらしいが、何の気配もしなかった。
(アンバーが気に入るぐらいだから、それなりの腕だろうとは思っていたが)
 俺でさえ、声を掛けられるまで気が付かなかった。
 手を払いながら、ゆっくりと俺達の前に進み出たウェディは、種族の特徴通り、線の細い美しい顔立ちをしていた。
(アンバーと同じ瞳の色だな)
不意打ちで多少動揺していた俺は、ニコルが説明しようとする横で、うっかり口を滑らせた。
「いや、俺はアンバーの落し物を届けに…」
「へえ?」
 その名前を耳にした瞬間、空気が激変する。
(しまった!)
 すうっと細められた瞳は、にこやかな口許とは相反して警戒心を剥き出しにし、長身の痩躯に緊張感が漲る。
「それは、わざわざどうも。よかったら、お茶でもどうぞ?」
 流れるような動きで、彼はドアを開き、俺達を招く。とても、断れない雰囲気で。
「…お邪魔します」
 家の中も、青系で統一されていた。足元は、珊瑚で彩られた床下水槽。ゆらり、と銀色の魚影がゆらめく。リュウグウノツカイだ。
「莫迦め」
「すまん」
「ここは、ウェルカムハウスなんだ。ハウジングを見に来ましたと言えば警戒されなかったものを」
「すまん」
 ニコルの叱責に、謝る以外の言葉は無い。
(諜報活動は専門外だったんだ)
 しかし動揺していたとはいえ、とんでもない失態だ。
「適当に座ってて」
 俺達に椅子を勧めると、彼は奥のキッチンに向かう。カチャカチャと陶器が触れ合う音がして、ほんのりと漂ってくる甘い紅茶の匂い。
 しばらくして、俺達の前に紅茶のカップと、小皿に入れられたクッキーが出された。
「どうぞ」
「…いただきます」
(薄いな)
 紅茶を淹れるのが下手、というのはその通りらしい。
(茶葉の蒸らし時間が短すぎるんじゃないか…?)
 そう思ったが、これ以上機嫌を損ねるのは危険なので、黙っておくことにする。
「それで、落し物って?」
 自分でも美味しくなさそうに紅茶を飲みつつ、向かい側の席から彼が尋ねる。
「あ、ああ」
 元より口から出まかせなので、そんなものはある筈も無く。
「見つかった?」
 無意味に上着のポケットを探る俺に、彼は笑って問いかけてくる。
 見透かされている。
 俺は、覚悟を決めて直球で問うことにした。
「あんた、アンバーをどうするつもりなんだ?」
 ニコルは俺に任せるつもりらしく、隣で薄い紅茶を飲みながら、クッキーを頬張っている。
「…どう、って?」
「あいつは、あんたを信用してる。子供みたいに心の底から」
 その無防備な信頼を裏切られたら、今度こそあの孤高の殺し屋は死ぬだろう。生き直したいと願う子供のような純真さこそ、置いてけぼりにされた本来のアンバー自身。
(文字通り生き直してるんだ、あいつは)
 押し込めて、見て見ぬふりをするしかなかった、愛してほしいと泣き喚く小さな幼子から、人を殺さなくても生きていける普通の人生を。
 愛想良く、綺麗な顔に花のような笑みを浮かべる、何処にでも居る青年になる為に。
(だからこそ)
「生半可な気持ちなら…!」
「ニール」
 俺の言葉を、ニコルが遮った。
「熱くなり過ぎだ、落ち着け」
「……ああ」
 いつの間にか立ち上がっていたらしい。座り直して、薄い紅茶のカップを手に取る。
「すまないな、昔馴染みだから気に掛かるようだ」
 ニコルの補足に、ヒューイットは合点がいったような顔をする。
「ああ、だから肩入れしちゃうんだね。愛の告白ばりに熱烈だからビックリしたよ」
 でも、残念でしたー、と彼はごくごく軽い調子で言った。

「あれは、オレのだからね。あげないよ」

 しれっと吐き出された言葉の熱さに、俺の方が赤面しそうになる。
(どっちが愛の告白のなんだか)
「あと」
 にっこり笑って、ヒューイットは続けた。
「アンバーって呼ぶのやめてくれる? 今の彼は名前の無い、ただの男だからね」
 過去の通り名は、彼の本当の名前ではないと。
「それでも、彼の罪は消えない」
「そうだね。だけど、やり直したいと思っているんだから、償うことも出来るんじゃないかな。死んだからって帳消しになるようなものでもないしね」
 むしろ、生き続けることの方が、彼には辛いことかもしれない。
「これは、好奇心なんだが」
 ニコルは、クッキーの残りを紅茶で流し込んで、ヒューイットに尋ねた。
「君はどうして、彼を助けるんだ?」
 本来なら、関わり合いになることも避けるだろう元殺し屋を、そうと知りながら手許に置く理由は何か?
「だって、踏んだから」
「…は?」
「死にかかってる彼を踏んだから、それだけだよ」
 他に何か理由が必要? と聞き返されて、珍しくニコルが詰まる。
「いや、確かに死にかけている旅人を介抱するのは当たり前だが」
「自分の目の前で、手の届くところにいるのに、助けないなんて選択肢は無いだろ」
「キリがないだろう」
 出会う者すべてを救っていたら、身体がいくつあっても足らない。

「オレは自分が手を伸ばせるものは、全部救うし、全部守る」

 ヒューイットは、そう言い切った。若さ故の愚かな過信でも、過ぎたる正義感でもなく。
「…もう真っ平なんだ」
 きつく握り締めた拳と、吐き出される声は小さく震えている。
「目の前に居るのに、手を伸ばせば届くのに、助けられずに奪われるなんて二度と御免だ」
 その言葉で、俺とニコルは察する。彼もまた、何かしら辛い過去を抱え、それを繰り返さない為に強くなることを選んだのだと。
「…あいつは幸運だったな。あんたに拾われて」
 もうアンバーとは呼ばない。名無しの男となった、昔馴染み。
 次に会う時、彼には新しい名前が付けられているだろう。
「そうだと、いいけどね」
 俺の言葉に、ヒューイットは肩を竦める。逸らされた視線は、照れ隠しだろうか。
「突然、すまなかった。そろそろお暇することにしよう」
 ニコルが暇乞いするのに合わせて、俺も席を立つ。
「今度は、彼がいる時にどうぞ」
 その方が美味しい紅茶が飲めるよ、と笑う。
「そうしよう」
 ヒューイットに見送られて、家の外に出る。青い外壁を、オルフェアの穏やかな夕暮れの光が照らし出していた。
 日没前の美しい夕空に、無髪に力が入っていた肩から、やっと緊張が解ける。
(よかった)
 騙されている訳でも、利用されている訳でもなく、互いが傍に在ることを望んでいるなら、何の問題もない。
(いらん杞憂だったな)
 ゆるやかな坂道を下りながら、俺は胸の内で独りごちた。
「悪い奴じゃなくてよかったな」
「ああ」
 隣を歩くニコルの言葉に頷く。
「あんたに似てるな」
「…そうか?」
「ああ」
 誰でもいい訳ではない。俺にはニコルが、彼にはヒューイットが必要で、それぞれの相手に巡り合えた今を密やかに喜ぶ。
 置き去りにされた子供は、もう居ない。
「帰ろう、ニコル」
「そうだな」

 帰る家がある。
 俺にも――彼にも。それは、とても幸せなこと。




 花の乙女が出来るまで、まとめその8。
 使用したお題は、「落し物は見つかった?」のみ。
 他者視点での番外編的ストーリー、その3でした。かなり長めですが、ニコル&ニールコンビは動かしやすく、フレさんのキャラをお借りしているのですが、大分好き勝手しています。ニコルさん、御許可ありがとうございます。

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