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zoom RSS 花の乙女が出来るまで 5

<<   作成日時 : 2016/11/27 14:42   >>

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 ニコルの家は落ち着いたエルトナ様式で、横開きの玄関が新鮮だった。
 招き入れられたリビングスペースで、熱い紅茶を頂く。カップに息を吹きかけ、そっと口に含むと茶葉の良い匂いがした。
「美味い」
「……毒見もしないとはな」
「毒入れたのか」
「入れてねえよ」
 呆れたように、ニールは俺を見下ろす。
「判ってるのか? 痺れ薬でも入れて、おまえをマダムに引き渡せば報酬は望みのままだ」
「それならそれで、仕方ないさ」
 カップをソーサーに戻して、肩を竦める。
「二度と戻りたくはないが、連れ戻されて殺されるなら、それが俺の運命なんだろう」
 無論、全力で抵抗はするが、俺がしてきた事のツケは何処かで払わねばならない。それがいつになるかは、誰にも判らない。だから。
「本当に天命に見捨てられて死ぬまでは、生きていたい」
 その為に、今ここに居る。
「それに」
「それに?」
「あんたは毒だの痺れ薬だのは好まない。俺を殺る気なら、部屋にも入れずに庭先でやるさ」
 ニールは後ろ頭を掻きながら、天井を仰いだ。
「同業者はこれだからやりづらいんだ」
 同業とはいうものの、俺と彼とでは立場が違う。

 ニールはかつて、とある国の暗殺部隊に所属していた。

 軍備の縮小で部隊が解体され、その任務の特殊性故に秘密裏に野に下ったひとりである。彼に下されていた命令には大義も名分もあるが、俺にはそんなものは存在しない。自分の意思すらなく、思考停止のまま殺してきただけの俺とは比べようもない。
 暗殺者と殺し屋、闇に身を置いた同士が多少お互いを見知っているだけのことだ。
 ただ、ニールは義理堅く、忠義と共に自分自身の強固な意志を持っていると俺は感じていた。
(今思えば)
 その『意志』が羨ましかったんだろう。
(当時の俺には無いものだったから)
 だからこそ、ニールのことは印象深く、こうして訪ねる気になるくらいには信用していた。

(――ああ、そうか)

 唐突に気付いた。あの、きらきらした綺麗なスカイブルーの瞳。
 あれもまた、純粋な『意志』を持った眼差しだった。
(だから、閉ざしたくなかったんだな)
 自分には無い、美しさと強さ。
 あれが、今もアストルティアの何処かで生きていると思うだけで、小さなぬくもりが胸に宿る。
(願わくば、母子ふたりで幸せになってくれていますように)
 父親を殺した俺に祈られても嬉しくは無いだろうけれど。どうか。


 二杯目の紅茶を淹れてくれてから、ニールは話し始めた。
「プライベート・コンシェルジュは最近提供され始めたサービスだ。準備自体は水面下で続いていたが、やはり圧倒的に人手が足らないのが現状だ」
 だからこそ、入り込む隙がある。
 プライベート・コンシェルジュになる方法はふたつ。
「ひとつは、専門学校への入学。未経験者でも問題ないし、卒業すれば確実に就職先がある。就学期間は大体3年ぐらいだな」
「おい」
「判ってる、それじゃ時間が掛かり過ぎる」
 ニールは、人の悪い笑みで話を続けた。
「もうひとつは、資格試験の受験。これに合格すれば、一足飛びにプライベート・コンシェルジュだ。面接や実技も含まれるが、まあ、おまえなら問題ないだろう」
 宮廷などの使用人に扮する為の行儀見習いが役に立つとは、皮肉なものだ。
「試験の願書は、旅のコンシェルジュが持っているからもらってくるといい」
 書類の書き方など、詳しい説明はその時に聞けるようだ。
「そうか、ありがとう」
「礼には及ばない。それよりも」
 ニールは、真っ直ぐに俺を見つめた。

「おまえの欲しい答えは得られたか?」

 調べれば判ることを、わざわざ危険を冒してまで、ここへ訊きに来た理由を見透かされていたらしい。
 人を殺していても、生き直せるのかどうか。
(幸せと安寧を求めてもいいのか)
 自分を赦す日が来なくとも、穏やかな日常を求めることが正しいのかどうか。
 俺は、ニールを見上げる。それから、彼が淹れてくれた紅茶のカップへと視線を移す。
 あたたかな、美味しい紅茶。甘い茶菓子。居心地の良い家。ニールの過去を知りながら、自分の傍へと置いておくニコル。それらのすべてが、俺の欲しかった答えだった。
(罪を購うことと、不幸になることは同じゃない)
 だから、今は求めるままに生きよう。
 生きたい、と自分が願う限り。それだけは、正直に。
「ありがとう、ニール。美味い紅茶だった」
「いや」
「ニコルも、ありがとう」
「ああ、また来るといい」
 今度は最初から歓迎するよ、とニコルは言ってくれた。それがただの社交辞令でも、俺には嬉しい言葉だった。


 ニコル邸を辞し、草原地区の旅のコンシェルジュに立ち寄る。
 念の為、組織とは関わりのなく登録した名前を使う。
「ルーウェス様ですね、御希望の書類はこちらになります」
「ありがとう」
「試験は随時行われておりますので、王都の旅コンシェルジュをお訪ねください」
 管理の為だろう、渡された受験関連の書類には、しっかりと偽名が記される。
 プライベート・コンシェルジュは雇い主の好みで名前も変えられるそうだから、後で変更すれば済みそうだ。
(しばらくは、この名前で過ごすことになりそうだな)
 中身をざっと確認して、その場を去ろうとするとコンシェルジュがあたふたと話しかけて来た。
「あのっ、ルーウェス様!」
「何か?」
「いえ、あの…よかったら、なのですが」
 差し出されたのは、何回も読み返したのだろう、少しくたびれた表紙の本だった。
 本のタイトルは、『プライベート・コンシェルジュへの道』どうやら、受験対策用の参考書らしい。
(こんなものまで出版されてるのか)
「私が受験した時に使っていたものです。最新ではありませんが、よろしければお持ちください」
「…いいんですか?」
「はい! 差し出がましいですが、少しでもお役に立てば」
 聞けば、彼が受験票を渡したのは、俺が初めてらしい。
「これも、何かの御縁でしょう」
「ありがとうございます」
「試験、頑張ってください」
「はい」
 彼の笑顔につられるように、素直に笑えた。
 分厚くて、重たい本。彼は何を夢見て、このページを捲ったのだろう。

『ヒューイは、本当に良いぷらこんを見つけたなっ』

 帽子さんの一言、ニールとニコルの協力、差し出された本、何もかもがあたたかく背中を押してくれた。
(…ああ)
 まだ生きていていいと、見知らぬ神様とやらが言っているのか。
(何て眩しいんだろう)
 世界は、けしてやさしいものではない。悪意も闇も、そこら辺に転がっている。けれど、無条件に向けられるあたたかさも確かにあって。それに触れられた幸運を、俺は何に感謝すればいいのだろう。

(ありがとう)

 誰に向けた訳でもなく、ただ胸の内で独りごちる。
 たまたま開いた参考書のページには、風邪薬の飲み方の指導まで書かれていて、意味も無く泣きたくなる。今もこの手は血に汚れたまま、だけど、こんな俺にも何かできるだろうか。

 誰かの背中をそっと押せる、やさしい何かになれるだろうか。



 花の乙女が出来るまで、まとめその5。
 使用したお題は、「風邪薬の飲み方」のみ。
 「キミとなら」の回から、長文化が著しく、話の章立てからもここまではまとめたい気はしたのですが、長いので分けました。書いている時には行き当たりばったりで、お題をどう使おうか決めていなかったりします。なので、毎回、書き終るとほっとしますw 少しでも、楽しんで頂けますように。

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